横浜地方裁判所 昭和61年(ワ)2909号 判決 1988年2月08日
原告 清水勉
右訴訟代理人弁護士 水津正臣
被告 伊藤美智子
右訴訟代理人弁護士 渡辺徳平
被告補助参加人 坂上美代子
右訴訟代理人弁護士 西村寿男
右訴訟復代理人弁護士 福田盛行
主文
一 被告は、原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物を収去して同目録記載(一)の土地を明け渡し、かつ、昭和六一年三月一六日から右土地明渡済に至るまで一か月一九五〇円の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用中参加によって生じた部分は被告補助参加人の負担とし、その余の部分は被告の負担とする。
三 この判決は、金員の支払を命ずる部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項同旨
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する被告及び被告補助参加人の答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 訴外加藤スズは、かねて訴外亡伊藤昭定に対し、加藤所有の別紙物件目録記載(一)の土地(以下「本件土地」という。)を、普通建物所有の目的で賃貸する契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結して引き渡し、伊藤は、本件土地上に同目録記載(二)の建物(以下「本件建物」という。)を所有していた。本件賃貸借契約は、昭和四一年三月一六日更新され、期間は昭和六一年三月一五日までとなった。
2 加藤スズは、昭和四八年三月二六日死亡し、訴外加藤孝子は、同日相続により本件土地の所有権を取得し、次いで、訴外山上宗彦は、同年一二月二四日加藤孝子から本件土地を買い受けてその所有権を取得し、次いで、原告は、昭和五二年三月三〇日山上から本件土地を買い受けてその所有権を取得し、本件土地賃貸人としての権利義務一切を承継した。
他方、伊藤昭定は、昭和五八年一二月二七日死亡し、同人の妻である被告は、同日相続により本件建物の所有権を取得し、本件土地賃借人としての権利義務一切を承継した。なお、本件土地の昭和六一年三月当時の賃料は、一か月一九五〇円であった。
3 被告は、右期間満了の昭和六一年三月一五日後も本件土地の使用を継続しているが、原告の代理人弁護士水津正臣は、同年三月二五日被告に対し、内容証明郵便をもって被告の本件土地の使用継続について異議を述べ、右郵便は同年三月二七日被告に到達した。そして、原告の代理人である水津弁護士は、その後数回にわたり、被告方を訪れて話合いをした際にも、被告の本件土地の使用継続について異議を述べた。
原告が被告の本件土地の使用継続に対して異議を述べるについては正当事由があるのであって、その事情は、次のとおりである。
(一) 原告側の事情
原告は、かねてから本件土地の南側に隣接する原告の父訴外清水熊蔵所有の横浜市神奈川区松本町一丁目三番四宅地六二・〇四平方メートル(以下「三番四土地」という。)上に店舗兼居宅を所有し、訴外有限会社鯛屋蒲団店(以下「鯛屋蒲団店」という。)を経営し、かつ、居住しているが、営業及び居住の関係上、右店舗兼居宅を拡張する必要がある。なお、原告の父熊蔵は、被告から本件建物一階の一部の店舗部分約四坪(以下「本件建物一階の店舗部分」という。)を賃借して使用しているが、本件建物は、すでに老朽化し、右店舗部分を右営業等の目的に供することは不相当となっている。
このため、原告は、右店舗兼居宅を取り壊して、本件土地及び三番四土地上に堅固建物を建築して店舗兼居宅として使用することを計画している。
(二) 被告側の事情
これに反し、被告は、他に居宅を所有して同所に居住しているほか、他に不動産を所有しており、かねてから被告補助参加人に対し、本件建物の二階部分を賃貸している。したがって、被告は、本件土地を使用する必要はない。
4 以上の次第であって、原告は、本件土地を使用する必要があり、被告の本件土地の使用継続に対して正当事由に基づき、遅滞なく異議を述べたから、本件賃貸借契約は、昭和六一年三月一五日期間の満了により、終了した。
5 よって、原告は、本件賃貸借契約の終了に基づき、被告に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡し、かつ、右契約終了の日の翌日である昭和六一年三月一六日から右土地明渡済に至るまで一か月一九五〇円の割合による約定賃料相当の遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求の原因に対する被告の答弁
1(一) 請求の原因1、2の事実は認める。
(二) 同3の冒頭の事実のうち、被告が期間満了後も本件土地の使用を継続していることは認めるが、その余の点は争う。
(三) 同3(一)の事実のうち、原告側が三番四土地上に店舗兼居宅を所有して、これに居住していること、原告の父清水熊蔵が本件建物一階の店舗部分を賃借して使用していることは認めるが、その余の点は争う。
(四) 同3(二)の事実のうち、被告がかねて被告補助参加人に対し、本件建物の二階部分を賃貸していることは認めるが、その余の点は否認する。
(五) 同4の事実は争う。
2(一) 加藤スズは、かねてから被告の義父訴外亡伊藤栄三郎に対し、本件土地ほか一筆の土地を、普通建物所有の目的で期間の定めなく賃貸し、栄三郎は、昭和二七年ごろ本件土地上に、その子亡伊藤昭定名義で居宅兼店舗として使用する目的で本件建物を建築して居住していたが、昭和三八年五月一六日死亡し、昭定は、同日相続により本件建物及び本件土地賃借権を取得した。そして、昭定は、昭和四一年三月一六日加藤との間で、右賃貸借契約を更新した。
(二) 伊藤栄三郎は、昭和二八年三月二〇日原告の父清水熊蔵の要請により、同人に対し、本件建物一階の店舗部分を、使用目的は店舗、期間二年、賃料一か月六〇〇〇円の約定で賃貸した。熊蔵は、本件土地の南側に隣接する三番四土地上の鯛屋蒲団店の店舗と本件建物一階の店舗部分との境の壁を取り払い、右各店舗は相互に出入りしうるようにした。
(三) 次いで、原告らは、本件建物一階の店舗部分のたたきの部分にふとんを高く積み上げたため、右店舗の裏側にある本件建物一階の和室部分(四・五畳)は採光がとれず、居室として使用不能となったため、伊藤栄三郎夫婦は、被告の肩書住所の伊藤昭定方に転居し、栄三郎は、そのころ被告補助参加人に対し、本件建物の二階部分を賃貸した。
3 原告が被告の本件土地の使用継続に対して異議を述べるについては、正当事由がない。
(一) 被告側の事情
被告の先代は、前記2(二)、(三)記載のとおり原告側に対し、本件建物一階の店舗部分を賃貸し、被告側は、自らの不便を忍んできた。
また、被告の長男訴外伊藤正弘は、訴外山室某と共同して葬儀社を経営しているが、その営業場所が狭く不便であって、原告から本件建物一階の店舗部分の返還を受けたときは、右葬儀社において右店舗部分を使用する必要がある。
(二) 原告側の事情
原告は、本件土地の隣接土地上に店舗を有し、かつ、前述のとおり本件建物一階の店舗部分をも店舗として、ふとん店を経営しているが、本件土地付近にも店舗兼居宅を所有しており、本件土地を使用する必要はない。
また、原告は、被告の夫伊藤昭定が本件土地を賃借して右土地を買い受けたい希望を有していたのに、同人に先んじて、昭和五二年三月三〇日山上宗彦から本件土地を買い受け、昭定が本件土地を買い受ける機会を失わせた。
三 請求の原因に対する被告補助参加人の答弁
1(一) 請求の原因1の事実は否認する。
(二) 同2の事実のうち、本件土地が原告の所有であり、原告が被告に対し、本件土地を賃貸していること、被告が本件土地上に本件建物を所有していることは認めるが、その余の点は否認する。
(三) 同3の冒頭の事実のうち、原告が被告の本件土地の使用継続に対して異議を述べるについて正当事由があることは否認する、その余の点は不知。
(四) 同3(一)の事実は争う。
(五) 同3(二)の事実のうち、被告が被告補助参加人に対し、本件建物の二階部分を賃貸していることは認めるが、その余の点は争う。
(六) 同4の事実は争う。
2 原告は、被告の本件土地の使用継続に対して異議を述べるについて正当事由がない。
(一) 被告補助参加人は、昭和三八年一月六日被告の義父伊藤栄三郎から本件建物の二階部分(六畳間二室、二畳の台所一室)を賃借して使用している。現在、被告補助参加人は、その息子二人と一緒に同所に居住しているほか、本件建物一階の物置部分をも使用している。
右のとおり、被告補助参加人は、本件建物を使用して、本件土地をその敷地として使用する必要がある。
(二) これに反し、原告は、本件土地の隣接土地上に存在する店舗二棟及び本件建物一階の店舗部分を使用して、ふとん店を経営し、また、本件土地の西側に隣接する土地上の建物において大野呉服店の屋号を使用して、呉服店をも経営している。そして、原告は、本件土地の東側に隣接する土地上の建物を店舗兼居宅として使用するほか、本件土地付近に所有する建物を第三者に賃貸している。
右のとおり、原告は、多数筆の土地、建物を所有する資産家であり、本件土地を使用する必要性がない。
第三証拠《省略》
理由
一 請求の原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。
右事実によれば、原告と被告との間の本件賃貸借契約は、昭和六一年三月一五日をもって期間が満了するものというべきである。
二 請求の原因3の事実のうち、被告が右期間満了後も本件土地の使用を継続していることは、当事者間に争いがない。
また、《証拠省略》を総合すれば、原告の代理人弁護士水津正臣は、右期間満了後の昭和六一年三月二五日被告に対し、内容証明郵便をもって被告の本件土地の使用継続に対して異議を述べ、右郵便は同年三月二七日被告に到達したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、原告は、被告の期間満了後の本件土地の使用継続に対して遅滞なく異議を述べたものというべきである。
三 そこで、原告が被告の期間満了後の本件土地の使用継続に対して異議を述べるについて正当事由が存在したかどうかについて、判断する。
1 前記当事者間に争いのない事実と《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告側の事情
(1) 原告の父清水熊蔵は、昭和一〇年ごろから本件土地の南側に隣接する鯛屋蒲団店所有の三番四土地上に存在する熊蔵所有の木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗兼居宅一棟(床面積一階四五・八平方メートル、二階四〇・八九平方メートル)の一階部分において、ふとん類の販売等を目的とする鯛屋蒲団店を経営し、かつ、右建物の二階部分において家族とともに居住し、原告は、大学を卒業した昭和四四年ごろから右会社の経営に加わったが、右会社は、原告及びその父熊蔵が事実上経営する会社である。また、熊蔵は、昭和二八年三月二〇日ごろ被告の父伊藤栄三郎から本件建物一階の店舗部分を、使用目的は店舗、期間二年、賃料一か月六〇〇〇円の約定で賃借し、鯛屋蒲団店の店舗として使用していたが、そのころ三番四土地上の右店舗と本件建物一階の店舗部分との境の壁を取り除き、右各店舗(床面積合計約一〇坪)は相互に出入りしうるようにした。なお、本件建物一階の店舗部分についての賃貸借契約は、期間満了の際、法定更新され、期間の定めのないものとなり、また、右店舗部分の賃料は、その後一か月一万三〇〇〇円と改定された(原告側が三番四土地上に店舗兼居宅を所有して、これに居住していること、原告の父熊蔵が本件建物一階の店舗部分を賃借して使用していることは、当事者間に争いがない。)。
(2) ところで、鯛屋蒲団店の営業の場所は、三番四土地上の店舗兼居宅の店舗部分及び本件建物一階の店舗部分では狭隘となり、店舗内における商品の保管、配置が乱雑となり、また、原告ら家族の居住の場所は、三番四土地上の店舗兼居宅の居宅部分では狭隘となった。右のような店舗兼居宅の状況を改善するためには、原告としては店舗兼居宅を拡張する必要があるところ、原告は、三番四土地上の店舗兼居宅を取り壊して右土地と本件土地の跡に堅固建物を建築して、一階を店舗、二階を原告ら家族の住居として使用する計画をたてている。
(3) 原告は、右のように本件土地を所有し、また、原告の父清水熊蔵は、右のように三番四土地上の店舗兼居宅を所有するほか、横浜市神奈川区松本町一丁目三番一四宅地九六・六六平方メートル及び右土地上の木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建作業所兼居宅一棟(床面積一階四五・四五平方メートル、二階四五・四五平方メートル)を所有するが、右建物を鯛屋蒲団店の商品置場として使用しており、更に、鯛屋蒲団店は、右のように三番四土地を所有するほか、同市神奈川区三ツ沢中町にアパート建物一棟を所有するが、右建物を他に賃貸している。右のとおりで、鯛屋蒲団店の営業に使用するに適した土地としては、三番四土地及び本件土地のみである。
(二) 被告側の事情
(1) 被告の義父伊藤栄三郎は、かねてより加藤スズから本件土地ほか一筆の土地を、普通建物所有の目的で期間の定めなく賃借し、昭和二七年ごろ本件土地上に、その子であって被告の夫であった伊藤昭定名義で居宅及び店舗として使用する目的で本件建物を建築して居住していたが、昭和三八年五月一六日死亡し、昭定は、同日相続により本件建物及び本件土地賃借権を取得した。そして、昭定は、昭和四一年三月一六日加藤との間で、右賃貸借契約を更新した。
(2) 伊藤栄三郎は、前述のとおり昭和二八年三月二〇日ごろに至り、原告の父清水熊蔵に対し、本件建物一階の店舗部分を賃貸し、そのころ被告の肩書住所の伊藤昭定方に転居し、また、そのころから他に本件建物の二階部分(六畳二間、二畳の台所一室)をも賃貸してきたが、昭和三八年一月からは被告補助参加人に対し、右二階部分を賃貸しており、昭和六一年三月当時の賃料は一か月一万三〇〇〇円であった(被告が被告補助参加人に対し、本件建物の二階部分を賃貸していることは、当事者間に争いがない。)。
(3) 被告補助参加人は、本件賃貸借契約が満了した昭和六一年三月当時、本件建物の二階部分にその息子二名と一緒に居住しているほか、本件建物一階の物置部分をも使用している。
(4) 被告は、肩書住所に土地及び居宅を所有するほか、アパート一棟(八室)をも所有して他に賃貸して、その賃料を収得しており、自ら本件土地上の本件建物を使用する必要はない。
(5) 本件土地上の本件建物は、右のとおり昭和二七年ごろ建築され、現在かなり老朽化し、雨漏等もあり、近い将来には建て替える必要がある。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
2(一) 次に、前記事実と被告本人尋問の結果によれば、被告の父伊藤昭定は、かねて賃借していた本件土地を買い受けたい希望を有していたが、原告が同人に先んじて昭和五二年三月三〇日山上宗彦から本件土地を買い受けたことが認められるけれども、右認定事実をもって正当事由の存否の判断に斟酌することはできない。
(二) また、前記認定事実と《証拠省略》を総合すれば、被告補助参加人は、前述のとおり昭和三八年一月から本件建物の二階部分を賃借して居住しており、今後も同所に居住したい希望を有し、他に移転することになれば損失を被ることが認められる。しかし、賃貸人が賃借人の期間満了後の賃借土地の使用継続に対して異議を述べるについての正当事由の存否の判断にあたっては、土地所有者側の事情と借地人側の事情とを比較考量して決すべきものであり、右判断に際し、借地人側の事情として、借地上の建物賃借人の事情を斟酌することが許されるのは、借地契約が当初から建物賃借人の存在を容認していたものであるとか又は実質上建物賃借人を借地人と同一視することができるなどの特段の事情の存する場合に限られ、そのような事情の存しない場合には、借地人側の事情として建物賃借人の事情を斟酌することは許されないと解すべきである(最高裁判所昭和五六年六月一六日第三小法廷判決・裁判集民事一三三号四七頁、最高裁判所昭和五八年一月二〇日第一小法廷判決・判例時報一〇七三号六三頁参照)。
そして、本件においては、右のような特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、被告補助参加人についての右認定の事情をもって正当事由の存否の判断に斟酌することはできない。
3 以上の事実によれば、原告は、本件土地及び三番四土地上に原告が事実上経営する鯛屋蒲団店の営業及び自己の居住のための堅固建物を建築して、その営業上の本拠として事業の発展を図る必要があり、これに対し、被告は、本件土地上の本件建物を他に賃貸して賃料(昭和六一年三月当時の賃料月額合計は二万六〇〇〇円)を収得しており、本件土地を明け渡すことになれば、不利な影響を受けることがあるとしても、これは、原告が本件土地の明渡を得られないことにより受けるであろう犠牲に比較すれば、なお耐え忍ぶべきものと認めるのが相当である。
したがって、原告の本件土地を必要とする程度は、被告のそれに比較すれば、かなり高く、原告が被告の期間満了後の本件土地の使用継続に対して異議を述べるについて正当事由が存するものというべきである。
四 以上の次第であるから、原告と被告との間の本件賃貸借契約は、昭和六一年三月一五日期間の満了により終了したものというべきである。
五 よって、原告の本訴請求は、正当として認容すべきであるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九四条後段を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用し、なお、土地の明渡を命ずる部分について仮執行の宣言を付するのは相当でないから、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤榮一)
<以下省略>